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読書録メインです。

読んだ本 2020下半期

書き出していこう

 

書籍

ラギット・ガール 廃園の天使2/飛 浩隆

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)
 

廃棄された仮想空間のリゾート施設に訪れた危機に対してAIたちの攻防をグロテスクに描いた「グラン・ヴァカンス」の続編(廃園の天使Ⅱってあるし…)、と見せて前日譚を描いた短編5編を収録。仮想空間のリゾートを支える技術や放棄にいたる経緯など、知りたかった部分を補完している。興味をそそられたのは、仮想空間のリゾートを生身の人間に”体験”させるための情報的似姿という説明。同じ反応を示すように計算された自分の代用品を送り込み、その記憶を摂取する。すごい、ゲーム的というか。セーブデータを取り込んで、自分が体験したかのように”思い出す”。1編1編でまとまっているし、「グラン・ヴァカンス」を読んでいなくても楽しめる内容になっている。

繰り返し言及されるイメージとして、”読まれていない本”というのが気になっている。z前作の「グラン・ヴァカンス」が住人が多彩に関連していた愛憎の物語を背景に持っていて訪問者によって読まれる/消費されることを期待されたリゾートを舞台にしつつ、訪問者がいなくなってその物語群は永遠に夏の1日で固定されている。読まれなくなった物語=再生が途中で止まったままになっている物語の寂寥があった。一方で、たとえば登場人物がひどい目にあう物語を繰り返し読むという愉しみ、物語を消費する愉しみのほの暗さを気づかせるイメージだった。

 

自生の夢/飛 浩隆 

自生の夢 (河出文庫)

自生の夢 (河出文庫)

 

どちらかというと幻想小説?読まれるまで固定された物語という、閉じた本のイメージが廃園の天使シリーズと連続されている、のかな? 

 

七王国の騎士/G.R.R.マーティン

 

七王国の騎士 (氷と炎の歌)

七王国の騎士 (氷と炎の歌)

 

 氷の炎の歌シリーズの外伝。本編の続編じゃねぇのかよクソが、と思いながら買って積んでいたのだけれど、読んでみたら…よかったです。

中編3編を収録。ゲースロを見てもらった知人に「絶対に転生したくない異世界No1」と言われてしまったウェスタロス大陸が舞台ですが、氷と炎の歌本編の90年ほど前でまだ王朝が交代前で安定している?とおもったが相変わらず治安が悪い。理由としては数年前に内乱で国が割れたことにあり、やはり戦争は人心を荒れさせるのだ…。本編では衰退寸前になっている弱いものを守る騎士道とはを、主人公の賢くも生まれもよくないが素直なダックが体現しているのがよく、またそれにこたえてくれる人々もいるのが良い。賢くて生意気なエッグくんとのコンビも大変良き。また、本編のなかで挿話的に話されていた話題の背景が知れたことがよかった。んんん!このブリンデンさんがあのブリンデンになるんかい!ところで、こちらの外伝シリーズも続刊予定が立っていない。え…?

うつ病九段/先崎学

将棋棋士の筆者自身がうつ病を発症し、入院し、復帰するまでの状況が赤裸々に描かれている。面白いのは、筆者自身が結構こどもっぽいというか、活躍しているほかの棋士のことをうらやましがったり、イベントなどでの扱いにすねたり、家族に八つ当たりしたり、そういったちょっとどうかと思うことをしてはそのことを書いている。とりつくろっていないのが面白い。書いてしまっているあたり、病気がとかではなくて、なんか正直なタイプなのかもしれない。もともと、3月のライオンの監修ページで名前を知っていて(そして途中で監修ページが登場しなくなってさみしくなっていたので)、落ち込んででも回復していく様子は読みごたえがあった。特に、詰め将棋の途中で示されていたうつ病の回復法、とにかく外で散歩しろというのは、今年のリモートワーク中に感じていた息苦しさから逃れるために夕方うろついていた身からすると実感がわく。

ちなみに、NHKでドラマ化されていました。こちらは家族目線も入ってバランスが良かった。演技よかったです…。

安田顕 主演ドラマ『うつ病九段』12月20日よる9時 放送決定! | お知らせ | NHKドラマ

 

荒野へ/ジョン・クラカワー

荒野へ (集英社文庫)

荒野へ (集英社文庫)

 

1992年の8月、アラスカ山中の捨てられたバスの中で、腐乱死体が見つかった。それは、東海岸の裕福な家庭で育ち、2年前に大学を優秀な成績で卒業したのち、財産も名前も捨てて放浪していた青年だった。なぜ、彼は荒野へ(in to the wild)向かったのか。から始まる、ノンフィクション。映画にもなっている。

この事件は全米的にも「前途ある若者がなぜ命を無駄にするのか」で有名になったらしく、「準備と知識不足による愚かな行動」と批判される一方で同様に「世間に背を向ける」若者の憧れにもなり、バスへの巡礼者なども発生していたようだ(現在はバスは撤去されている)。筆者はアウトドア雑誌のライターで、のちにエベレスト遭難事故に遭遇したりで有名だが、自身も放浪したりトレッキングにのめりこんでいた経験から、同情的に描いている。亡くなった青年について、生い立ちとくに家族との確執から、放浪中(すぐに山に潜っていったわけではなく、農場などでの期間労働をしながら転々としていたらしい)の足取りとその間本人が偽名でつけていた手記をたどりつつ、同じように「世を捨てて生きる」人々を取り上げている。実際のところ、話題の青年ほど劇的ではなくても文明や社会と距離をとって生きることを実践しているのは北米では多く、それはヒッピー運動から昔ながらの世捨て人、宗教的な動機まで一定の人々が荒野にむかっているのだ。そのような事例を引き、自身の経験も引きながら、筆者は青年の最期までをたどっていく。アメリカのサブ精神史的なものもあり興味深かった。本件について、捨て鉢な若者のある種の自殺であったという評を筆者は否定していて、本人は悲惨な最後になったが、希望をもち生きるつもりで道半ば倒れたとしているのが印象的だ。そうあってほしい。

 

スタートボタンを押してください/D.H.ウィルソン&J.J.アダムス編

 

ゲームをテーマにしたSFアンソロジー。短めが12編。出てくるゲームも状況も多彩で、ゲームの外のことが問題になることもあればゲームの中が問題のこともある。死ぬたびになんども近くにいる人物にリスポーンになってしまうシニカルな「リスポーン」から、突然ネームドキャラクターと同じように自分で行動ができるようになったNPC(それも単純作業をくりかえす作業員モブ)の選択によりそう「NPC」や、さえないティーンエイジャーがオンラインゲーム内で活躍する中でポイント稼ぎ以上のものに気づいていく「アンダのゲーム」などが面白かった。ゲームは目的達成の合理性を追求したり、現実ではできない振る舞いができてしまうが、そこに誠実である倫理的であることを絡めたものに惹かれた。軽く読めて楽しい。

 

最後の竜殺し/ジャスパー・フォード

最後の竜殺し (竹書房文庫)

最後の竜殺し (竹書房文庫)

 

 楽しい現代スラップスティックファンタジー。魔法が衰退する中、魔法使いが家の配線工事したり配送したりする小さい仕事を請け負う会社のマネージャーな主人公が、最後のドラゴンが間もなく死ぬという予言が国中に触れ回られるところでいきなりドラゴンスレイヤーに抜擢される。この舞台になっているおそらくイギリスがモデルの国家(その名も「不連合王国」)が、資本主義と腐敗と身分差がひどくて笑う。ドラゴンが死ぬとその住処の自然保護区的な土地が手に入るのでみんなで待っていて、中継車とかが出たりするし、主人公は資金集めのために企業の広告背負いながら、ロールスロイスの改造車で竜退治に向かいます。ドラゴンでキャラクター商売したいから、商標権売ってくれ!って、退治する方に聞くな。倒すべきドラゴンはというと虫マニアで、人類がクジラとか象の保護に熱心なのに新種の虫に興味が持てないのは、対象がかわいいかどうかでしか考えられない愚かな哺乳類だからであると正論を述べてくる。とにかくスラップスティックなんだけど、ちゃんと魔法が衰退している理由であったり、たくさんでてくるアクが強いキャラクターでも善さで団結するのは良かった。

 

ギフト 西のはての年代記Ⅰ/U.K.ル=グウィン

ヴォイス 西のはての年代記Ⅱ/U.K.ル=グウィン

パワー 西のはての年代記Ⅲ/U.K.ル=グウィン

ギフト 西のはての年代記Ⅰ (河出文庫)ヴォイス 西のはての年代記II (河出文庫)

パワー 上 西のはての年代記III (河出文庫)パワー 下 西のはての年代記Ⅲ (河出文庫)

ル=グウィンが2004年に始めた新しい世界のシリーズ。奴隷や都市国家の戦争などギリシア古代を思わせる世界での緩やかに連続している3人の語り手による物語。1作1主人公で、過去を振り返って語る形をとっている。それぞれ独立しているが、3編ともを通じてテーマになっているのは、「語ること」で語りかけること物語を共有すること、それが人を動かす力になることを示している。(この言葉の力が権力や暴力への対抗力になるという信念、作者の善き知的なアメリカ人ぽいなぁとも感じられた。)

3編とも静かに進んでいく物語だが、一番興味深かったのは3作目の「パワー」。屋敷付き奴隷として育った主人公の少年は現在の暮らしに満足しているが、少しずつ矛盾にさらされやがて世界がひっくり返って逃げ出すことになる。逃げ出したその先でも、従うことに慣れているためにいくつも間違ったり迷ったりしてしまう。様々に振り回される力/権力/暴力に対して、過去に振れたことがある詩への憧れを力に変化しながら進みようやく自分を見出していく。派手な部分は一切ないが、物語自体が語り手が過去を振り返るという形式をとっているため、過去をいつくしみ癒していく口調がよかった。

 

ナインフォックスの覚醒/ユーン・ハ・リー

ナインフォックスの覚醒 (創元SF文庫)

ナインフォックスの覚醒 (創元SF文庫)

 

全然何言っているのかわからないまま独自の用語用法の波にされされる系SF。でもあまり問題はないかもしれない。要は数学を使うと魔法のような特殊効果がえられる兵器が使われる軍事国家で、突然抜擢された主人公が過去の戦略家の人格を共有して脳内で対話しながら、作戦を遂行するだけだ。面白いなと思ったのは僕扶とよばれる自律ドローンの群れが独自に会話していたり、敵方の私信が一部だけ挟まれていたりと、さまざまに視点が切り替わって展開していくこと。僕扶はかわいい。 

 

西洋文学における異類婚姻譚/監修:山内淳 

西洋文学にみる異類婚姻譚

西洋文学にみる異類婚姻譚

  • 発売日: 2020/10/26
  • メディア: 単行本
 

 「古代から現代までの欧米諸国の異類婚姻をテーマにした文学作品についての論集(解説より)」範囲はギリシア悲劇からクトゥルフまで広い。それぞれの論によってテーマも筆者もことなっているので、連続した何かというよりこういうものもあるというのが読めていい。女神や妖精などの異類や異界の住人、および異類に変えられてしまった人間との婚姻は時代を超えていくつも見られるが、その物語の扱われ方は異なっている。力を得たり土地の権利を主張する背景として尊ばれることもあれば、忌まわしいことになることもある。この違いを引き起こすものは何か?については総論的には語られてはいないけれど、古代におけるアルゴ号の冒険、中世における十字軍、近世における新大陸発見と世界観が拡がり他者との接触が増えるときに「異類と交わる」物語が書き起こされるのではないかとみることも出来る。単純に読み物としても面白いので、よかったです。